広島高等裁判所 昭和45年(ネ)254号 判決 1976年2月09日
一審原告
岩武久美子
(他四〇名)
右一審原告ら訴訟代理人弁護士
小牧英夫
(他三名)
一審被告
山口放送株式会社
右代表者代表取締役
野村幸祐
右訴訟代理人弁護士
広沢道彦
(他四名)
右当事者間の賃金請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
一審原告らの控訴にもとづき原判決を次のとおり変更する。
一審被告は一審原告らに対し別表(略)「請求金額」欄記載の各金員および、右各金員のうち別表「ロックアウト中の賃金額」欄記載の金員に対する昭和四二年七月二一日から、別表「夏季手当減額分金額」欄記載の金員に対する同月二三日から、別表「年末手当減額分金額」欄記載の金員に対する同年一二月一七日から各完済にいたるまで年五分の割合による各金員を支払え。
一審原告らのその余の請求を棄却する。
一審被告の控訴を棄却する。
訴訟費用は一・二審とも一審被告の負担とする。
この判決は、一審被告に対し金員の支払を命じた部分に限り、仮に執行することができる。
事実
一 双方の申立
1 一審原告らは「原判決を次のとおり変更する。一審被告は一審原告らに対し別表「請求金額」欄記載の各金員およびこれらに対する昭和四二年七月二一日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。一審被告の控訴を棄却する。訴訟費用は一・二審とも一審被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。
2 一審被告は「原判決中一審被告敗訴部分を取消す。一審原告らの請求を棄却する。一審原告らの控訴を棄却する。訴訟費用は一・二審とも一審原告らの負担とする」との判決を求めた。
二 双方の主張と証拠関係
当事者双方の主張および証拠関係は、左記に当審において追加された証拠関係を付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決一六枚目裏一行目及び二〇枚目裏二行目に各「就労請求」とあるのをいずれも「団交の申入れと就労請求」と訂正し、三〇枚目表六行目の末尾に「同一(三)の事実中、三月一八日の団交において一審被告主張の内容の人事異動案が発表、提示されたことは認める」と挿入する)から、これを引用する。
証拠関係(略)
理由
一 一審被告会社(以下たんに被告会社または会社という)が一般放送業務を営む資本金二億三〇〇〇万円の株式会社であり、一審原告(以下たんに原告という)らが被告会社に雇傭されている従業員であって、被告会社従業員をもって組織されている山口放送労働組合(以下たんに組合という)の組合員であること、被告会社が昭和四二年五月六日午前二時頃組合に対し、ロックアウトに入る旨の通告をするとともに、その頃会社(本社)施設の周囲に有刺鉄線をはって原告らの立入りを禁止し、以後同年七月四日まで右ロックアウトを継続して、その間原告らの就労を拒否したことは当事者間に争いがない。
二 本件ロックアウトに至るまでの経過、ロックアウト突入後の事情についての当裁判所の判断は、左記に付加訂正するほか、原判決理由第三、第四(原判決三二枚目裏三行目から五五枚目裏九行目まで)に説示するとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三四枚目表五行目に「同月二六日付」とあるのを「同年一月二六日付」と、同六行目に「同年三月二四日抗議を受け、右改正につき就労規則」とあるのを「同年三月二三、二四日の両日抗議を受け、右改正につき就業規則」と、それぞれ訂正する。
2 原判決三六枚目裏一行目に「争いがない」とあるのを「争いがないか、もしくは弁論の全趣旨に照らして明らかである」と訂正する。
3 原判決四〇枚目裏二行目に「(三〇分)」とあるのを「(一時間三〇分)」と訂正し、同三行目の「被告会社は」の次に「放送延長問題について」を挿入し、四二枚目裏一〇・一一行目に「決裂したが、被告会社から三六協定締結の要求があった」とあるのを「決裂した。その際、三六協定の締結についてはなんらの話合いもなかった」と訂正し、同一二行目から四三枚目表一行目にかけて「合計二時間三〇分」とあるのを「合計一時間三〇分」と、四三枚目表七・八行目に「合計一時間五分」とあるのを「合計一時間一五分」と、それぞれ訂正し、同八行目の「組合の争議行為」の次に「(新勤務拒否闘争等)」を挿入し、同一〇・一一行目に「合計三時間五分」とあるのを「合計五時間五分」と訂正し、四四枚目表八行目の「右認定に反する」の次に「甲第六〇号証」を挿入する。
4 原判決四五枚目裏七行目に「辛うじて」とあるのを削除し、四六枚目表四行目の「真正に成立したと認められる」の次に「甲第四三号証」を挿入し、四七枚目裏七・八行目に「実行しようとしたが、職制にこれを制止されたのでさしたる」とあるのを「手伝おうとする気配をしめしたが、職制において先に右業務を遂行したため」と訂正し、同九行目の末尾に「他方、組合は四月二八日付をもって、前記闘争指令第三九号を解除し、異動対象者四名を同日午前零時より二四時まで指名ストにする旨の闘争指令第四七号を発した」を挿入し、四八枚目表二行目の「テレシネ課組合員全員に対し」の次に「同日午前零時より二四時までテレシネ課における」を、同一〇行目の「テレシネ課組合員は再度」の次に「五月三日付闘争指令第五八号により」を、それぞれ挿入する。
5 原判決四八枚目裏七行目から四九枚目表七行目にかけて「ところで、右認定事実に明らかなごとく、…………違法な争議行為といわざるをえない」とあるのを、次のとおり改める。
ところで、右認定の配転拒否ないしは新勤務拒否闘争は、配転先に赴かないという限度、または新勤務に従事しないという限度においては、消極的に使用者に対し労働力の提供を拒否する点でストライキ的争議手段と解する余地もあるが、さらに進んで使用者の新勤務命令を排除して、組合員をして旧勤務に就労させる点においては、使用者の労務指揮権ないしは人事権能の一部を組合の支配下におくものであって、かかる争議行為は、特段の事情がない限り争議行為として許される範囲を逸脱した違法なものというべきであって、本件の如くテレシネ課組合員に対し、前記の如き態様で指令敢行した右争議行為は、右特段の事情の認められない以上(仮に組合の主張するように、テレシネ課減員=新勤務命令が不当であるとしても、それ故に特段の事情があるとはいえない)、手段、方法が適正を欠く違法なものといわざるを得ない。
6 原判決四九枚目表一二行目の「同第八八号証の一二、」の次に「前記乙第二二、第二四号証、当審における原告長光の本人尋問の結果によって真正に成立したものと認められる甲第一四七号証」を挿入し、四九枚目裏四行目から五〇枚目裏六行目にかけて「組合と被告会社との間には…………正常な運営といいうるのである」とあるのを、次のとおり改める。
組合と被告会社との間では、昭和三九年および昭和四〇年の各春闘闘争時と昭和四一年一二月を除き、ほぼ一カ月毎に三六協定が締結更新されてきて、本件紛争中においても昭和四二年三月三一日には従前の三六協定が更新されたが、紛争は容易に解決せず、多数の組合員が会社側の態度に硬化したため組合としても三六協定を締結更新することが極めて困難な情勢となって、四月末日をもって右協定は期限切れとなり、被告会社は五月二日の団交の席上で組合に対し右協定締結を要望したこと、他方、組合は四月三〇日付闘争指令第五四号をもって、五月一日以降の休日出勤は三六協定がないためこれを拒否すべき旨の指令を発し、組合員全員は右闘争指令により、五月一日、三日、五日の各休日には出勤しなかったこと、したがって、被告会社は予め作成されていた緊急態勢勤務表により非組合員でもって右各休日の放送業務を遂行したことが認められ、(人証略)のうち、右認定に反する部分は容易に信用できない。以上の認定事実によれば、組合による前記三六協定期限切れによる休日出勤拒否闘争は、組合がその主張を貫徹するために本件争議行為の一環として行ったものというべきである。
7 原判決五五枚目表二行目に「同日」とあるのを「即日」と訂正する。
三 つぎに、本件ロックアウトが適正なものであるか否かについて検討する。
本件ロックアウト前の経過については、その概要は前記認定のとおりであり、本件ロックアウト以前における組合側の争議行為は、昭和四二年三月一五日以降における相次ぐストライキ、特に選挙速報業務に関する組合員全員のストライキとプロレス中継放送担当者に対する指名ストライキ、テレシネ課における四月二三日以降の新勤務拒否闘争と、これに五月一日以降の休日出勤拒否闘争が加わったものであるということができる。
そこで、労使間の団体交渉の態度と右争議行為の態様と経緯をさらに個別的に検討スルと、以下のとおりである。
1 組合と会社との団体交渉の経過と態様は前記認定のとおりであるが、本件全証拠によっても、右団体交渉中、組合が被告会社を罵倒、威嚇するなどという不法、不当な態度で右交渉に臨んだ事実は全く認められない。
2 (人証略)によれば、組合の前示各ストライキのうち、三月一五日、同月三〇日、四月七日の各ストライキは民放労連加盟の約三〇数組合とともになした統一ストであって、組合独自の要求と情勢によってなされたストライキは四月一〇日以降のものであることが認められ、さらに前示各ストライキと前記各拒否闘争以外に組合がなした争議行為として認められるものは、前示四月一八日の本社組合員による時限ストライキ中に、組合員が本社内をデモ行進し、テレシネ室と社長室前でシュプレヒコールをした((証拠略)によって認められる)ことのみである。
3 (証拠略)を総合すると、附和四二年四月における地方選挙速報業務とプロレス中継放送についての前示各ストライキは、かつては、選挙速報業務その他の単発業務も、勤務時間と人員配置等に変更を伴うことから、労働条件に関する事前協議協約にもとづき組合側と会社側で事前協議がなされたこともあったが、その後被告会社は選挙速報業務等は単発業務で労働条件に重大な影響を及ぼさないので右事前協議の対象にならないと主張するに至り、組合側は右業務も右事前協議の対象になる旨主張し、右協約対象事項の解釈をめぐって労使の見解が対立し、前示昭和四二年四月の選挙速報業務およびプロレス中継放送については、組合は右事前協議がなされなかったことに抗議して前示各ストライキをしたことが認められ、さらに(証拠略)を総合すれば、被告会社は組合が右選挙速報業務とプロレス中継放送業務に関してストライキをすることは事前に一応予測し得たので、いずれも事前に応急措置を講ずることができ、各右ストライキによって著しく業務が混乱状態に陥ることもなく、無事右放送を遂行したことが認められる。
4 また、前示新勤務拒否闘争は、主にテレシネ課においてなされたものであって、右拒否闘争がおこなわれた四月二三日以降は、異動対象者四名の指名ストライキ五月二日のテレビ技術部編成課テレビ運行担当者等の指名ストライキ、五月一日以降の三六協定期限切れによる休日出勤拒否闘争を除いては、本社においてはストライキを含むなんらの争議行為もおこなわれていないことは前記認定事実により明らかであり、(人証略)によれば、被告会社においても、仮に前記新勤務拒否争闘によって業務の混乱が発生するとしても、それはテレシネ課のみであると考えていたことが認められ、さらに組合の本件春闘要求事項のうち、賃上げ事項については四月三〇日の段階において労使とも大筋で妥結の線がでていたことは(人証略)によって認められる。また、右証言によれば、会社側が本件ロックアウトに踏み切った原因の主なものは前示テレシネ課における人事異動問題とこれに伴う新勤務拒否闘争であることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで、(証拠略)を総合すると、テレシネ課の業務は本社社屋二階の各独立した部屋であるテレシネ室、VTR室においてテレビ映像録画再生装置の操作をする放送業務の中枢部門であって、右業務の停廃はたちまち放送の停止につながることが認められるところ(証拠略)を総合すると、前記新勤務拒否闘争中、テレシネ課においては課長重田、同内山、課次席石丸の職制三名が、他から代替要員の応援を求めることもなく、橋本、井上の旧勤務を代ってしたこと、右職制は新勤務を拒否して旧勤務に従事している同課組合員に対して、改めて新勤務に従事すべき旨の業務命令を発せず、そのまま旧勤務で就労することを黙認していたこと、同課組合員が新勤務を拒否し旧勤務で就労したことによって具体的な放送業務の障害または放送事故は発生しておらず、右事故等が発生する具体的な緊迫した危険性もなかったこと、また四月二四日以降も橋本、井上の両名はテレシネ課内に在室した(ただし両名の指名ストライキ日は除く)が、前記職制らの面前では積極的に就労することもなく、他課の組合員が同課に入室することも、また、前記職制らと前記組合員らとの間で具体的な業務の混乱が生じたこともなく、したがって石丸課次席は同月二八日、内山課長は同月二九日、重田課長は同月三〇日にそれぞれ公休で欠勤し得る状態であったことが認められる。
したがって、四月二四日以降における前記新勤務拒否闘争は使用者の業務指揮権を組合の支配下においた点では違法な争議行為となることは前説示のとおりであるが、右闘争の外形的な形態は極めて消極的、平穏なものともいうべく、しかも右闘争は主にテレシネ課に限定され、他の部門においては前示休日出勤拒否闘争と五月二日の部分ストライキを除いては具体的な業務の停滞または阻害が発生する危険性はいまだ認められない情況であったということができる。
またテレシネ課における前記新勤務拒否闘争も、特に被告会社に可及的に多大な損害または支障を与えることを目的として、経営上重要部門であるテレシネ課を狙ってなされたものとは本件全証拠によっても認められず、かえって、放送延長計画が実施されるにも拘らずテレシネ課のみが二名減員となるため、同課が右闘争の主な対象となったものにすぎないことは前記認定事実により明らかである。しかも、(証拠略)を総合すれば、被告会社と組合との間で、組合員の異動が組合活動を阻害するとき、または不公平であると認められるときは、組合は会社に対し異議を申入れることができ、右申入れがあれば会社は人事処理委員会に諮問して異動を行う、右人事処理委員会はいまだ発足していないので団体交渉で行う旨の人事協定が締結されていたので、組合員の人事異動問題も右協定によって団体交渉で取扱われていたことが認められ、さらに(証拠略)を総合すれば、被告会社の一般従業員は技術職と一般職の二職種に大別され、異動対象者テレシネ課勤務井上は技術職として採用されたものであること、異動対象者四名のうち井上、橋本の両名はテレシネ課において技術職業務に従事していたが、今回の異動により右両名は技術職とは直接関係がない編成課の一般職業務の担当を命ぜられたものであることが認められる。
5 (証拠略)を総合すると、三六協定期限切れによる休日出勤拒否闘争は、昭和四〇年四月の春闘闘争中においても、本件におけると同様に右協定が四月末日に終了したため、組合が五月三日、五日の各休日に休日出勤拒否闘争をなしたこと、右無協定の期間は約五〇日間続いたこと、さらに昭和四一年一二月にも右無協定の期間が二五日間継続したことが認められるので、本件休日出勤拒否闘争に対し、会社側は事前にその対応策を充分に講ずることができたものと推認することができる。
6 (証拠略)を総合すると、昭和三八年の春闘に際して、被告会社が昭和三八年五月一二日から一週間ロックアウトをしたことが明らかであるが、右春闘においては組合が同年四月一六日から同年五月一一日まで合計約一二〇波前後のミニストを含む指名ストライキ、部分ストライキ、全面ストライキを行なったので、被告会社が右ロックアウトをしたこと、および、右春闘においては中国放送、山陽放送、山陰放送が相前後して、ロックアウトをしたことが(証拠略)によって認められるところ、本件紛争当時においては組合がミニストを実行する可能性が極めて少なかったことは前記認定事実のとおりである。さらに(証拠略)を総合すれば、昭和四〇年春闘においては、本件紛争におけると同様に賃上げと機構改革に伴う組合員二三名の人事異動が契機となって、組合は昭和四〇年四月六日から同年五月一五日まで約三〇数波の指名ストライキ、部分ストライキ、全面ストライキをするとともに、異動対象組合員が四日間に亘って庶務、送信、営業、編成、報道、制作の六部門で従前の旧業務を遂行し、さらに新転入課長の業務命令拒否、全組合員による通常業務以外の業務命令拒否、営業課、報道課における新転入職制の業務命令拒否、三六協定期限切れによる前記休日出勤拒否闘争などの各種闘争をし、その争議行為はほぼ本社全部門に及んで熾烈なものであったが、ロックアウトもなく同年五月下旬に右紛争は終結したことが認められる。
7 本件ロックアウトがなされたのが昭和四二年五月六日午前二時頃であることは前記認定のとおりであるが、(人証略)によれば、被告会社は同年五月三日常務取締役重岡郷美を中心とした実務担当者で本件ロックアウトの具体的な範囲などについて協議したうえ、高藤建設株式会社に対し、バリケード用有刺鉄線などの準備を依頼し、同月四日本件ロックアウトの実施につき最終的決定をしたことが認められ、同月六日に本社社屋二階の組合事務所とこれに通ずる通路を除いて、右社屋の重要部分をバリケード、有刺鉄線で囲んで原告ら組合員の立入を禁止し、同日から本件紛争解決の日まで非組合員等約一〇〇名(なお、就労を拒否された本社組合員は約八五名)によって被告会社の放送業務が遂行されていたこと、および被告会社としては組合が会社側の提案を大筋において受け入れない限り本件ロックアウトを解除する考えがなかったことは、(証拠略)によって認められる。他方(証拠略)を総合すると、本件ロックアウト中に被告会社大阪支社および東京支社において組合員に対して組合脱退工作がなされ、ついで、本件ロックアウト中の同年六月二八日に山口放送新労働組合(第二組合)が結成されたことが認められる。ちなみに、被告会社の本件紛争前後における各営業年度別(毎年度四月一日より翌年三月三一日まで)による利益金は、(証拠略)によれば、昭和四一年三月三一日現在で約七六〇〇万円、昭和四二年三月三一日現在で約九〇〇〇万円、昭和四三年三月三一日現在で約九三〇〇万円であることが認められ、本件全証拠によっても、被告会社が組合の本件各争議行為によって、争議行為に伴う通常の損害を超えた損害を蒙ったとは認められない。
ところで、およそ労働者の行うストライキその他の争議行為は、その性質上多かれ少なかれ経営上の損害をもたらすものであり、右損害を回避するために使用者においてロックアウトをすることが当然に許されるものでないことは勿論であり、このことは労働者側の争議行為に違法なものがあるとしても同様であって、使用者が労働者に対して右の違法な争議行為に関し、債務不履行、不法行為等にもとづく責任を問うことは別として、右争議行為の具体的な態様を離れて、たんにそれが違法であるということのみで対抗手段としてのロックアウトを正当視させることはできない。ロックアウトが使用者の正当な争議行為として対象労働者に対する雇傭契約上の賃金支払義務を免れしめるものであるためには、具体的な労働争議の場において、もともとは衡平の原則に依拠して法が認めた労働者側の争議行為により、かえって労使間の勢力の均衡が破れ、使用者側が著しく不利な圧力を受けるようになったため、右衡平の原則に照らし使用者側が対抗手段として労務の受領拒否をすることが相当であると認められるような情況の存することが必要とされるのである。
そして、さきに説示したところによって認められる労使の団体交渉の経過と態度、組合の本件紛争における争議行為の態様とこれによって被告会社がうけた打撃または損害の程度等の諸事情を総合し、かつ過去における組合側と会社側の各争議行為の態様、経緯と本件争議行為とを対比して考えると、組合の本件争議行為は、その一部に違法な争議行為が含まれていたものの、暴力行為などは伴わず、いまだそれ程熾烈なものとはいえないし、しかも、右違法な争議行為は主にテレシネ課という一部門についてのみなされたものであって、他の部門は前示指名、部分各ストライキと休日出勤拒否闘争の場合を除いて、平穏に業務が遂行されていて、被告会社がその経営に著しく支障をきたす虞れが生じたことも認められずしたがって、本件ロックアウト突入当時は、本社全部門の観点からみれば、いまだ労使の勢力の均衡は破れておらず、使用者側が著しく不利な圧力をうけている情勢にあったということはできない。
確かに、テレシネ課減員ないしは新勤務命令をめぐっての組合、会社間の意見の対立は抜きがたいものがあり、ロックアウト突入時においてその解決の見透しは立たなかったこと、従ってロックアウトが行われなかったとすれば、組合側の新勤務拒否闘争はなお継続されたであろうし、組合側の戦術がさらに一層エスカレートする危険も絶無とはいえないことが推認されるのであるが、そのことによってもなお、前記認定のようなロックアウトに至るまでの組合側の争議行為の実態に照らすと、ロックアウト突入時においては全体として労使間の勢力の均衡が破れ、会社側が著しく不利な圧力を受ける情況にあったとは認めがたい。この点に関し、被告会社は放送事業の特殊性を強調するが、なるほど停波した時間帯の放送は取戻しえないことから放送停廃による直接の損害が回復困難であるという意味においてその特殊性を全く否定することはできないにしても、その他の点で民間放送事業に、争議による損害に関し、他企業と本質的に異るものがあるとは解しがたい。そして、本件争議において放送の停廃およびその具体的危険性のなかったことは前記認定のとおりであるし、仮に放送停廃につき若干の危険性があったとしても、会社に対し、企業が労働争議によって通常蒙る程度を超えた著しい損害を加えるような大規模な放送停廃が起きる可能性は殆どなかったということができる。従って、かかる情勢のもとにおいて、被告会社が本件の如き全面ロックアウトを敢行することは、組合側の前示争議行為に対する対抗防衛手段として相当でなく、違法なものといわざるを得ない(なお、ロックアウト突入後の組合側の争議行為は、ロックアウトに対抗して行われたものと解されるから、ロックアウトの適法な成立を判断する資料とはならない)。
もっとも、被告会社のテレビ技術部テレシネ課は、本社社屋二階の独立した部屋で業務が遂行されていたことは前記認定のとおりであり、テレシネ課における前示各争議行為の態様などに照らすと、被告会社が右テレシネ課のみを対象とした部分ロックアウトをなすことは構造上においても可能であると考えられるのであって、本件において右部分ロックアウトがなされたのであったとすれば、適法に成立しえたのではないかということは一つの問題である。そして、右の点を積極に解し得るとすれば、本件ロックアウトについてもテレシネ課に関する限り部分的に有効視してよいのではないかとの議論も考えられないではない。しかし、労働争議において、労使の争議行為は、両者の全体的な対抗関係の中で、その時々の情勢に従い相対的かつ流動的に行われていくものであり、一方ロックアウトが適法に成立し、維持されるためには前示の如き一定の要件が存するのであるから、現実には全面ロックアウトとしてなされたものの一部について、それを部分ロックアウトと同視してその効力を云々することは許されないものと解する。
四 本件ロックアウト継続中、原告らが連日に亘り被告会社に対し、就労請求をしたことは前記認定のとおりであり、原告らの本件ロックアウト期間中の昭和四二年五月六日から同年七月三日までの賃金額は別表「ロックアウト中の賃金額」欄に、昭和四二年度夏季手当および同年度年末手当額中、本件ロックアウトによる減額金額がそれぞれ別表「夏季手当減額分金額」「年末手当減額分金額」欄各記載のとおりであることは当事者間に争いがないことろ、前記のとおり本件ロックアウトは正当なものと認め難く、組合の構成員たる原告らが被告会社に対して労務を提供することができなくなったのは被告会社の責に帰すべき事由にもとづくものということができるから、被店会社は民法五三六条二項により原告らに対し、前記「ロックアウト中の賃金額」「夏季手当減額分金額」「年末手当減額分金額」の合計額である別表「請求金額」欄記載の各金員および右各金員のうち「ロックアウト中の賃金額」欄記載の金員に対しては本訴状が被告会社に送達された翌日であることが記録上明らかな昭和四二年七月二一日から、「夏季手当減額分金額」欄記載の金員に対しては、被告会社の同年度夏季手当支給日の翌日である同月二三日((証拠略)によって認められる)から、「年末手当減額分金額」欄記載の金員に対しては被告会社の同年度年末手当支給日の翌日である同年一二月一七日(上記の日時は(証拠略)により明らかである)から、各完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があること明らかである。
五 そうすると、原告らの本訴請求は右金員の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、原告らの控訴にもとづいて右と異なる原判決を変更し、かつ被告会社の控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 胡田勲 裁判官 西内英二 裁判官 高山晨)